英国 EU 離脱後の EU及び英国における登録意匠

(Darren Smyth、AIPPI ・JAPAN月報Vol.65 No.5 2020年5月)

1. はじめに

2016 年に英国の国民投票で EU 離脱を選択した後,日本の EU 知的財産権所有者は,それが自身の権利にどのような帰結をもたらすのか,そして将来的には,英国及びその他の EU 諸国(英国離脱後の,いわゆる「EU27」諸国)の両方において保護を取得するためのコスト増加及び煩雑化について懸念を持たれているであろう。本稿では,英国が EU を離脱する手続,及びその帰結としての,英国 EU 離脱(BREXIT ブレグジット)の手続中及び離脱後における欧州での登録意匠保護について考察していく。

2. 英国のEU離脱手続-移行期間

英国は法的に,2020 年 1 月 31 日から EU の構成国ではなくなっている。しかし英国と EU との間で離脱協定が締結されていることから,2020年 12 月 31 日に終了予定の移行期間中,EU 法が引き続き英国において適用される。この移行期間中,英国は引き続き EU 知的財産制度の完全な参加国であり,登録共同体意匠は引き続き英国において有効とされる。

離脱協定によると,移行期間は最長 2 年まで延長可能であるが,その場合には 2020 年 7 月 1 日より前に延長について合意しなければならない。英国政府は移行期間を延長する意向がないことを声明している。しかし,これに関する英国の政策は変更される可能性がある。したがって,2020年 12 月 31 日に移行期間が終了することを念頭にプランを立てることが推奨されるが,これが相応の確実性をもって確認できるのは 7 月になるものと考えられる。

3. 英国がEUを離脱した後-移行期間の終了

移行期間が終了すると,EU 法の英国における適用が終了する。英国は EU 知的財産制度の構成国ではなくなり,登録共同体意匠は英国における効力が消滅する。

UK IPO は,この時点で予測される事象について,次のウェブサイトにおいてガイダンスを公表しており,これは時折アップデートされている。

https://www.gov.uk/guidance/changes-to-eu-and-international-designs-and-trade-mark-protection-after-the-transition-period

必要な法制度は「2019 年意匠及び国際商標(補正等)(EU 離脱)規則:The Designs and International Trade Marks (Amendment etc.)(EU Exit) Regulations 2019」として制定されており,次のウェブサイトから確認することができる。

https://www.legislation.gov.uk/ukdsi/2019/9780111180037/contents

基本的に,ある意匠が登録共同体意匠又は国際登録において EU を指定したとして保護されている場合,英国は自動的に,かつ無料で,対応する英国国内の意匠登録を提供し,その保護対象は同一であり,出願日及び優先日の有効性も同一である。権利所有者による手続は要求されないが,権利所有者が希望する場合には,英国登録の享受について適用除外(opt out)を選択することができる。英国における保護を維持するためには,登録共同体意匠と同一のスケジュールで,UK IPOに対して更新手数料を支払わなければならない。

これらの自動的に付与される権利についての番号システムも決定されており,既存の登録共同体意匠(RCD)番号(1 件の登録内での意匠を特定するための 4 桁の末尾番号を含む)の冒頭に「9」が付される。すなわち RCD 004048098-0004 は,英国登録意匠番号 90040480980004 となる。(EUを指定する国際意匠登録からの対応する英国登録番号についてのシステムは現時点で公表されていない)。

ただし意匠出願が係属中の場合,対応する英国出願又は登録は自動的に行われず,無料でもない。これに代えて出願人は,移行期間の終了から9 か月以内,すなわち 21 年 10 月 1 日までに,登録共同体意匠若しくは国際出願における先の出願日又は優先日を保持して,対応する英国意匠出願を行う権利を有する。この出願については,通常の出願手数料を UK IPO に支払わなければならない。これに関して「係属中」の出願には, EUIPO 又は WIPO に登録される前の出願に追加して,次が含まれる。

  1. 登録共同体意匠であって,公開繰延べが請求されており,移行期間の終了時に,依然として公開されていないもの
  2. EU を指定する国際意匠登録であって, WIPO による国際公表日から 6 か月以内に,保護が付与される旨が EU IPO から WIPOに通報されていないもの

権利所有者にとって明確な点として,移行期間の終了日までに登録 EU 権利を取得しておくことがきわめて有利であり,それによって英国の権利を自動的に,無料で取得することができる。これに対して係属中の EU 出願の場合には,対応する英国保護を取得するために,多大なコスト及び労力を要することになる。これは移行期間中に講じるべき,推奨される方策の考察における中心的な存在となるが,それについては後述する。

4. 公開の繰延べ

英国の登録意匠制度は,多くの点で EUIPO の制度と類似している。たとえば実体審査は行われず,オンライン出願は可能であり,複数意匠出願も認められる。ただし重要な相違点の1つとして,公開の繰延べが挙げられる。EUIPO は意匠の登録に関して,優先日から最長で 30 か月まで公開の繰延べを認めている。しかし UK IPO は異なる制度を有しており,登録それ自体の繰延べは可能であるが,出願日から 12 か月までに限定される。登録時に公開が行われることから,これは出願日から 12 か月以内の公開の繰延べを認めることになる。

移行期間の終了から 9 か月以内に,公開繰延べの対象とされている登録共同体意匠を基礎として,登録の繰延べ請求を伴う英国意匠出願を(本稿の上述した手続に従い)行った場合には,(a) EUIPO における繰延べ期間の終了時,又は,(b)対応する英国意匠出願の現実の出願日から 12 か月後,のいずれか早い時点で,英国意匠出願の公開及び登録が行われる。

5. 移行期間中,そして期間終了後の方策

登録共同体意匠制度の現在の利用者が講じるべきものとして推奨される方策は,日本を拠点とする利用者などの場合には少々異なっており,そのような利用者が現状でハーグ協定に基づく国際意匠制度の利用を望むのか,それとも(おそらくパリ条約に基づき,先の出願から優先権を主張して) EUIPO に直接出願することを望むのかによっても異なってくる。

  • 直接出願ルートを利用した,欧州における保護の取得

    現状で EUIPO に直接登録出願を行っている登録共同体意匠制度の利用者の場合には,移行期間の終了前であれば,引き続き EU に出願することが推奨される。EU 登録は移行期間の終了まで英国も対象としており,移行期間終了後,即座に英国における権利が与えられるのであるから,当面,別個に英国登録出願を行う実際的な利点は存在しない(いわゆる「二重出願(double filing)」)。 EUIPO はきわめて迅速に登録を行うので,移行期間終了前に十分な余裕をもって出願が行われた場合には,ほとんど確実に,移行期間の終了前に登録されるであろう。一部には既に「二重出願」を行っている出願人も存在するが,これは多大な追加費用を要し,それでいて実際の利点がないので,推奨されない。

    出願の登録が遅滞する主たる要因は,優先権主張の場合,出願人が優先出願の証明付謄本を遅延提出することである。証明付謄本の提出期間は出願日から 3 か月となっている。移行期間の終了直前に出願を行う場合,出願人が移行期間の終了前に確実に登録するためには,更に早い段階で証明付謄本を提出する必要がある。理想的には,出願時に証明付謄本を提出することが良いであろう。紙形式の書類をスキャンしたものを提出することも可能である。

    移行期間終了の直前であっても,EU 出願を単独で行い,その後に必要であれば,移行期間終了から 9 か月以内に英国出願を行うことが便宜であろう。したがって同時に EU 出願及び英国出願を行うことは,仮に必要であったとしても,稀な状況と考えられる。

    移行期間の終了時に公開繰延べの対象とされている登録共同体意匠に関して,意匠の秘密状態の維持を希望するのであれば,これも同様に移行期間の終了から 9 か月の期間内に対応する英国出願を行うことが良策であり,それによって英国出願の登録及び公開までの期間は最大限延長されるであろう。

    他方,たとえば意匠が時間の経過によって他のルートから公表されたために,公開繰延べの対象とされている登録共同体意匠の所有者が,これ以上の意匠の秘密状態の維持を必要としない場合も考えられる。したがって公開繰延べの対象とされている意匠のファイル一式を確認し,これ以上の秘密状態の維持が必要でなければ,移行期間の終了前に公開を請求することが推奨される。これによって対応する英国での権利を自動的に取得することが可能となる。

    移行期間が終了した後,出願人が EU 及び英国の各法域について意匠保護を確約するためには,これらの法域に別個に出願する必要がある。

  • ハーグ制度を利用した,欧州における保護の取得

    現状で欧州における登録意匠保護を取得するためにハーグ制度を利用している出願人の場合,推奨される方策は大きく異なる。対応する英国での権利を自動的に取得するとはいえ,この自動的な権利取得は国内登録であり,ハーグ登録の枠組みにおける指定国の権利ではないことから,自動的な英国での権利取得に頼ることは推奨されない。

    (上記 3. で既に述べた,この UK IPO による提言では,「UK IPO 及び WIPO は,国際的に保護されている EU 指定領域について,その英国における保護が 2021 年 1 月 1 日付けで失われないことを権利所有者に確約するための選択肢について協議している」と述べており,ハーグ登録における英国の権利の指定について合意に至る可能性があるものと考えられるが,WIPO が適切な期間内に,法律的にも技術的にも運用可能な制度を構築できるのか疑問が残る。いずれにしても 2019 年規則では,英国の国内権利について規定している)。したがって英国の権利は別個に更新する必要があり,国際登録の枠組みで更新することができない。

    出願人がハーグ制度を利用するのは,WIPOに単一の更新手数料を支払うことによって複数の領域で維持可能な保護を取得することを意図するからである。移行期間の終了時点で,EU を指定する国際登録から発生する対応英国出願は,この制度の枠外に位置しており,したがって権利所有者は多数の法域を保護する 1 件の国際登録を所有するが,英国の国内登録は別個の権利となり, UK IPO に別個の更新手数料を支払うことによって維持する必要がある。これはハーグ制度を利用する理念に反するものであり,権利所有者にとってはきわめて不便なものとなる。

    英国は 2018 年 6 月 13 日以降,国際登録のハーグ制度に関しては独立した締約国となっている。したがって利用者がハーグ制度によって欧州における保護を希望する場合には,EU に追加して英国を指定した出願手続(以下,「二重指定(double designation)」という)を(まだ開始していないのであれば)今すぐ開始することが推奨される。この手続に必要な追加手数料は少額であり,別個に英国を指定することによって,移行期間の終了後であっても,国際登録の一部としての英国における保護が引き続き確約され,その有効性は国際登録の更新手数料の支払のみによって維持することができる。

    国際登録で EU を指定している場合には,移行期間の終了時点で対応する英国の国内権利が発生し,これは国際登録で更に英国も指定している場合であっても同様である。したがって原則として,国際登録で EU 及び英国を指定していれば,移行期間の終了時点で,権利所有者は英国を対象とする 2 つの本質的に同一の権利,すなわち国際登録の英国指定と,英国の国内権利とを取得することになる。

    この状況において英国の国内権利は不要と考えられるので,ハーグ制度の利用者はこの権利の享受について適用除外(opt out)を選択するか,又は最初の更新時に更新手数料を支払わないことによって権利を失効させるか,いずれかを選択することができる。

    なお強調すべき点として,現状ではハーグ制度の利用者が,移行期間中に国際意匠出願におけるEU 指定とは別個に英国を指定しなかった場合,そのような EU 指定を行った国際意匠出願又は登録の所有者は,上述の 3. で既に述べた(対応する英国登録の付与,又は出願人が対応する英国出願を行う権利の保持のいずれかによる)手続に従い,移行期間の終了時点で,英国における保護のみについては引き続き取得可能であるが,その所有者は,国際登録の一部としてこの保護を取得することができない。「二重指定」が推奨されるのは,権利所有者にとって便宜となるからであり,英国における保護の喪失リスクが理由ではない。

  • ハーグ制度の利用に関する更なる考察

    出願人の中にはハーグ制度の利用をまったく望まない方もおられるであろうし,それは理解できる。すべての官庁が受理するであろう意匠の表現物のセットを提示することは困難であり,結果的に一部の国では最適な保護が受けられない可能性,そして一部の国では保護が拒絶される可能性もある。保護の拒絶通報に示された拒絶理由を克服した場合であっても,そのためには関係する国内官庁が提起した拒絶理由に応答する必要があり,これには不安が伴い,費用も要することから,むしろ国際登録制度を利用する意義がまったく失われることになる。

    UK IPO 及び EUIPO のいずれも,すべての表現物が同一の意匠に関係するという概念について非常に厳格である。これは,たとえば国際登録に,主要な視点からの図と異なる特徴が示されている場合,拒絶理由が発出される可能性があることを意味する。ハーグ制度は,すべての状況に適応する制度というわけではない。

6. おわりに

したがって総括すると,次のような提言を行いたい。

  • ハーグ制度の利用者は,EU に追加して英国を指定した出願手続を今すぐ行うべきであり,自動的に対応する英国国内権利の享受の適用除外を選択することが推奨される。
  • EUIPO に直接出願する場合には,移行期間の終了までに EU のみに出願するべきである。移行期間が終了した後には,移行期間の終了時に登録されなかった(又は公開繰延べの対象とされた)登録共同体意匠について,英国について新たな出願を別個に行う必要が生じるであろう。

英国の EU 離脱の結果として,EU 意匠制度の利用者が,更に懸念する状況となったことは残念である。しかし,意匠保護を受けるために講じるべきアクションは複雑なものではなく,出願人が必要以上に不安を覚えることはないのである。

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